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北米での無痛分娩出産レポ。陣痛から出産まで。

妊娠出産

日本でも最近徐々に浸透してきているらしい無痛分娩。それともまだまだ「あの痛みを乗り越えてこそ母親になれる」という意見が主流なんでしょうか?

海外では、割と一般的。事前に予約する必要もなく、病院に行ってから希望すれば無痛にしてくれます。しかも出産は保険で全額カバー。無痛にしようが普通分娩で産もうが料金はかかりません。

ならば、そりゃ無痛希望です。痛くないに越したことはありません。そして先日、無事無痛分娩で出産しました。

出産前はたくさんの出産レポにお世話になったので、私の体験も書かせていただきます。これから出産を控えている方の参考になればうれしいです。

自宅で陣痛が来た

その日はなんだか昼間から若干の腹痛がありました。

これがウワサの前駆陣痛か~と思ったのですが、ネット情報によるとそこから本陣痛まで数日、場合によっては1週間以上かかることもあるとのことでそこまで深刻に考えていませんでした。

夜寝ようと思いベッドに行ったのが22時頃。横になったものの生理痛のような痛みは続き、全然寝られません。

夫に、これ陣痛かも?と訴えましたが、いやいや陣痛はきっとこんなもんじゃないでしょと取り合ってもらえません。

ふと時間を計ってみるとだいたい10分間隔。でも不規則で10分以上間が空いたり5分くらいだったり安定していませんでした。

陣痛に耐えながら家で待機

やっぱりこれは陣痛だと確信したのが23時過ぎた頃。

事前にインストールしておいたアプリで間隔を記録していきます。深夜0時半を過ぎた頃には平均で5分間隔くらいになっていました。

痛みは段々強くなっていったのですが、その後も8分間隔になったり4分になったりと安定しません。とうとう寝ているのも苦痛になり、リビングに夫と戻り陣痛にひたすら耐えます。

ウワサのテニスボールを試してみたり腰をマッサージしてもらいましたが、陣痛は想像以上に辛く、早く病院に行きたいと思うも、実は問題がありました。

それは担当の助産師に 「3分間隔が安定してくるようになったら連絡してね。」 と言われていたこと。

まだ私は5分間隔だったので、夫から助産師に連絡してもらいましたが「もう少し待ってね」との指示。

私が通っていた産院ルールでは、助産師に自宅に来てチェックしてもらってOKが出てから一緒に病院に行くという手順を踏む必要があったのです。

湯船に浸かると痛みが和らぐとのアドバイスをもらったので、その後お風呂で陣痛に耐えました。風呂場で悶絶しながらひたすら「1から10までゆっくり数えて1ラウンド乗り切る」を繰り返すこと数時間。

やっと痛みが3分半くらいの間隔になってきたところで私に限界が。夫に助産師に連絡するように懇願しました。

このとき時刻は朝7時。陣痛が本格的にスタートしてから既に6、7時間経っていました。

やっと助産師からOKが出て病院へ

助産師が家に到着したのが7時半頃。

私の様子を見て、さっそく子宮口のチェックをしてくれました。すると「やった!5センチくらい開いてるじゃない。頑張ったね~。」とのこと。

そのときの私の感想は 「こんなに痛いのにまだ5センチしか開いてないの!?」でした。

私はもう自分は子宮口も8センチとかで、このまま自宅で産まれてしまうのではないかと思っていたので、まだ自分が折り返し地点に来ただけだと知って愕然。

そして助産師はそんな私に「もう少しこのまま自宅で様子を見る?」と平然と聞いてきたので、 「病院行きたいって言ったら今から行けるの?行けるんだったら行きたい!!」 と言うと、「じゃあ行きましょうか。」と承諾。

夜中ずっと苦しみ、やっとのことで病院に行けることになり少し安堵したのでした。

そして自宅を出る前にトイレに行くと結構な量の血が。それを見てお産が順調に進んでいることを確認した助産師はさらにハッピーに。

もう早く病院連れてって…状態の私は、ぐったりとタクシーに乗り込んだのでした。

病院到着

病院に夫と先に到着。(助産師は自分の車で向っていました。)

緊急外来に行くと車椅子が出てきたのでそこにとりあえず座らせてもらいました。

助産師から事前に電話連絡が入っていたので、皆に「あなたが5センチの人ね!」と言われて私の病院でのあだ名は5センチさんに。

夫は窓口で何やら話していたのですが、車椅子に座っている私を見て 「ねぇ病室まで歩けるでしょ?歩いたほうがお産も進むって言うし…」 とのん気に聞いてきました。

そんなの病室までの距離によるだろ!と思い、 「っていうか私達はどこに行けば良いかわかったの?どんだけ歩くの!?」 と私、夫にキレました。すると、必死な私を見て病院のスタッフの方が結局車椅子をおして一緒に産婦人科窓口まで着いてきてくれました。

やっと産婦人科に着いたと思ったら、今度は少し日本語をかじった受付の女性が得意気に話しかけてきて、陣痛に耐えつつ日本語でお相手する私。

そんな中、助産師と合流。ついに病室までたどり着いたのでした。

私がお世話になった部屋

受付を済ませ、通された部屋はびっくりするほど良い部屋でした。

完全個室で私達のアパートよりも広いんじゃないかと言うほどの面積。ベッドは分娩にも対応していて、出産から退院まですべての時間をそこで過ごしました。

バスルーム付きでバスタブはジェットバス。でも私は家で散々湯船に浸かってたのでまったく使わなかったです…。

テレビもあり、夫が寝るための簡易ベッドもありました。夫の感想は「ホテルみたいで快適だったね~」でした。

やっと麻酔投入!痛みからの解放

病院に着いた私にはもうこれしか頭にありませんでした。

「麻酔を…お願いだから早く打ってくれ!」

夫から助産師に無痛分娩に切り替えるよう言ってもらい、ようやく無痛分娩への手続きへ。助産師は麻酔を打てないので病院の麻酔医を呼んでもらいました。

「15分くらいしたら来てくれるみたいだからもうちょっとだけ待ってね~」 と助産師。その間も3~5分間隔で来る陣痛にただただ耐える私。早く…早く!と願わずにはいられませんでした。

そして麻酔医参上。一通りリスクなど説明しないといけないようで陣痛の合間に聞き、陣痛が来ると中断…の繰り返し。大体のことは事前に勉強して把握していた私は、ろくに話しも聞かず全てにうんうんと頷いて、全部わかってるから早く打ってと顔で訴えていたことでしょう…。

最後に同意書にサインし、やっと処置が始まりました。

陣痛1ラウンドをこなした直後、すばやくベッドに腰掛け背中を丸めます。後ろで麻酔医が針を刺しているようでしたが、陣痛の痛みでおかしくなっている体にはなんてことない痛みだったのかまったく覚えていません

ネットでは無痛分娩は針を刺すときが痛いのがデメリットなんて書かれていたのもあったのでちょっと怖かったのですが、陣痛の痛みに比べたらなんでもないので心配しなくて大丈夫です。

ここで私、なぜだか号泣してしまいました。

ワンワン泣いたわけではなく、自然と涙がポタポタと止まらなくなったんです。それを見て夫もちょっともらい泣き。助産師になぜ泣いてるの?と聞かれ涙をぬぐってくれたのですが、わからない…とだけ答えました。

今考えると、理由はたぶんやっと痛みから解放される安堵と、子供はお腹で頑張っているのに自分だけ…という申し訳なさ、そして自然分娩で産む人が多い日本のたくさんのママ達と比べての自分の情けなさや不甲斐なさ。そんないろんな感情が一気に来て涙が出てしまったんだと思います。

そして泣いている間に処置は終わり横になりました。10分ほどで痛みは感じなくなるとのことで、それまで最後の数回陣痛に耐え、痛みから解放されました。

麻酔を打ってから

ベッドに横になって麻酔が効いてからはただひたすら子宮口が開くのを待つのみ。痛みをまったく感じなくなりました。

すばらしい!麻酔万歳です。足も自由とまではいきませんがなんとか動かせる程度で、本当にお腹の周りのみ感覚がなくなりました。

時々お腹とその周辺の麻酔の効き具合をアイスノンみたいなもので触ってチェックしてくれます。冷たく感じる部分がお腹はまったくなしで離れるにしたがって徐々に感じるようになっているのが自分でもわかりました。

胎児の心拍は常に誰かがモニタリングしながらなので安心です。

私の子宮口は約6センチの状態で停滞していました。麻酔を打つと痛みを感じない分、お産の進みが遅くなったり止まってしまったりすることもあるそうです。

そして徹夜明けでお腹がすいてきました。でも麻酔を打ったため食べることは出来ません。

病院は朝昼夜とご飯が用意されます。メニューを持ってきてくれてこちらで好きなものを選ぶと持ってきてくれるのです。私は食べれなかったので夫に選ばせて食べてもらいました。

早く開かないかな~と思いつつ少しウトウトしたり看護師さんたちと談笑しながら時間を過ごしていきました。

陣痛促進剤投与

数時間待ったのですが子宮口は一向に開きません。助産師はあと1,2時間待ってみてダメだったら促進剤を使って開こうと思うんだけど良いかと聞いてきました。

通常、促進剤を使うと痛みも増して辛いらしいですが、私は麻酔を打っているため関係ありません。即お願いしますと答えました。

そして結局促進剤を投与。すると1時間ほどでなんと子宮口は8,9センチに。その後胎児がどうやら急激なお産の進みが嫌だったようでちょっとだけ心拍が弱くなったとのこと。

あとは自然に10センチに開くまでスピードを弱めると胎児も安定し、慎重に調整しながら出産に備えました。

いよいよ出産!

待つことさらに1,2時間。

助産師から「じゃあそろそろいきんでみる?」とのお言葉。お産に向けて周りで準備が始まりました。ベッドが分娩台に早変わりです。

ひたすらいきむ

どうぞと言われても力の入れ方が最初わかりませんでした。

助産師は「私が触ってるところわかる?ここに向かってめいっぱいいきんで!」と言います。機械の波形でわかる陣痛のタイミングに合わせてアソコに全神経を集中させて力を入れます。

助産師の今!という合図ですぐ息を思いっきり吸い込み息を止め、ぐーーーといきみ、息が続かなくなったらまたすぐに息を目一杯吸い込み2回目! そして3回やって次の陣痛に向けて休憩です。

褒め上手な助産師は「すごい!今のうまかった!!」とおだててくれて、単純な私はちょっとうれしくなりました。

聞くともう胎児の頭が見えてるとの事。見たいと言うと大きな鏡を私の前に持ってきてくれて見てみると、私のアソコ4,5センチの穴の中から黒い髪の毛が見えていました。

ほんとに赤ちゃんがすぐそこに…となんだか不思議な気持ちになりました。

それからは胎児の出具合を自分で見ながら何度も何度も陣痛に合わせていきみましたが、なかなか出てきてくれません。体力があった最初に比べて疲れてきてなかなかうまくいきむ事も出来なくなってきました。

ついでにいきみすぎて頭に血が上ったのかガンガン頭痛がしてきました。旦那がタオルで冷やしてくれます。

何回いきんでも少し見えては戻ったりして、頭の血管切れるんじゃないかってくらい頑張ったのですが、なかなか出てきてくれず。時間だけが過ぎていきました。

赤ちゃんに危険が…

すると助産師が、 「赤ちゃんが今、中でウンチしちゃったみたい。万が一のために医者も呼ぶわ!」 とのことで医者登場。

ネットで胎児はストレスで中で排便してそれを吸い込むと危険という情報を得ていた私。「やばい。私がもたもたしてるから赤ちゃんが苦しくなってるんだ。」と思った私は、体勢を寝姿勢から座位(和式トイレのポーズ)にチェンジ。

目の前に備え付けられたバーにしがみつき、もう血管切れてもいい!と思いつつ渾身の力を込めていきみます。このときが人生で初めて自分の体のことより他の大切なものを優先した瞬間だったと思います。

そしていきむこと数回。助産師が「もういきまなくて良い。」と言いました。ちょっとだけおなかに力を入れてと言われたタイミング2回いきんだその瞬間。

オギャーーーと大きな産声と共に私の胸に赤ちゃんが放り込まれました。 夕方4時50分。2720グラムの元気な女の子でした。

初対面

血みどろでまだへその緒もついたままの状態。プルプル震えていてすごく小さくてすごく温かかったのを覚えています。

ぎこちない手で子を触っていたらへその緒を自ら切るか聞かれ、もう疲れ果てていたので「いや、いいです。」と断りました。今思えば記念にやっといても良かったかも。夫はグロいのがダメなので拒否していました。

後処理も子に夢中になってる間に終わりました。まだ麻酔も効いている状態だったのでなんともなかったです。会陰は少しだけ避けてしまったらしいです。

あと胎盤が少しだけお腹に張り付いたまま残ってしまっていたようで、それを取るために体に手を突っ込まれたらしいですが、それも何も感じませんでした。今考えるとちょっと怖いです。

出産後

まだ放心状態の私の横で、手際よく子の計測や健康チェックが行われていきました。すべての器具が個室に持ち込まれ、子が私の目の届かないところに連れて行かれることは一度もありませんでした。

すぐに初乳を促され、吸わせてみることに。前日までお風呂場で絞ってみても全く出ていなかったミルクが出産直後から出るようになっていてびっくりしました。人の体ってすごいですね。

初乳なのですごく少量でしたが子は一生懸命吸ってくれて、これが乳をあげるという事か…と冷静に観察していました。

私が抱いている間に足から採血が行われたり聴力テストを受けたり子も何かと忙しい様子。

旦那がまだ一度も子に触ってないことに気付き、抱いてみたら?と言うと怖いらしく遠慮気味。恐る恐る抱いて笑顔になった夫。その顔をベッドに横たわったまま携帯で撮影。

3人家族になったんだなと実感しました。

その後たくさんあった器具は片付けられ、子と私と夫だけが部屋に残されました。

分娩終了から即育児開始

前日寝る直前から陣痛が始まって産まれたのが夕方だったので、寝不足だった私達は子が寝ている隙に仮眠をとりました。2時間ほどは寝れたでしょうか。

その後夕飯が運ばれてきたり、私の血圧と体温測定、子のチェックなどがありつつ、子が泣けばおっぱいをあげ、動けない私に代わって夫はオムツ換えとあやし担当。

体はまだ産後数時間で全身が痛んで辛かったですが、子が泣くのでそうも言ってられません。すでに子育てスタートした感じで、やり方も看護師に教わりながら恐る恐るこなしました。

そしてその日はそのまま就寝。夜中も子が泣けば夫と協力してオムツを換え、あやし、授乳しました。

出産の翌日

出産の次の日、相変わらず数時間毎のチェックがありつつ、ご飯が運ばれれば食べ、子の世話をしながら過ごしました。

子は少々小さく産まれたので、何やら検査項目が増え(なんの検査だったか忘れてしまいました…)そのOKが出たらいつでも退院して良いとのことでした。

1週間近く入院する日本と北米との1番の違いはこの入院日数かなと思います。出産後特に問題がなければ翌日、帝王切開になった場合は3,4日後には退院ととても短いんです。

家で休んだほうがリラックス出来るでしょうという考えらしいですが、日本のことを知っている私はちょっと不安でした。親などの助けもなく夫と私だけで出産直後から子育て開始は少々ハードな気がして…。

結局、子の検査結果が出たのは夕方で、もし泊まりたいならもう一泊しても良いと言われたので、お言葉に甘えて次の日の朝まで病院にいさせてもらうことにしました。

検査を待っている間は、子の基本的なことや産後の体についてなどの20分ほどの講習をうけたり、政府への登録など書類関係の説明があったりとあまりゆっくり休む時間はなかったです。

そしてそのままみんな疲れてぱったりと就寝しました。

退院

子も長く寝てくれ、夫も疲れてぐっすりで、私が一番先に目が覚めました。朝食が運ばれ、夫の分も頼んでおいたのに目を覚まさず、私が全部食べました。

朝食を食べたら帰る予定だったのに夫も子も眠り続けてしまい、起こすのもかわいそうだったのでほっておいたら結局昼になり、お昼ごはんまでいただいてしまいました。

そしていよいよ退院の時がきました。

まずは子を私達が用意した服に着替えさせました。初めて見る普段着の我が子のかわいさといったらなかったです。すでに親バカです。

その後カーシートに乗せねばいけなかったのですが、やり方がわからず病院の人に聞く夫。だからあれほど勉強しといてと言ったのに…。

嫌がる子をなんとか座らせると、うまいこと眠ってくれました。私も着替えをすませ荷物もまとめ、準備完了です。お世話になった病院の方々にお礼を言い、病院をあとにしました。

こちらでは病院受診のときも、このとき(入院)もお会計がありません。用が済んだら去るだけなので、未だになんとも慣れないというか妙な感じです。

家に到着

病院から自宅までは徒歩で15分程度の距離ですが、産後の体のことも考えてタクシーを拾って帰る予定でした。

電話でタクシーを呼んだは良かったのですが、またしても夫は車にカーシートをうまく取り付けることが出来ず…。車のタイプが取り付け不可能なのだと判断しタクシーを断り、結局シェアカーを自分で借りてきて帰ることに。あとからただ単に夫の不手際だということがわかったのですが…もう何も言いません。

最後までバタバタでしたが、無事に家に子を連れて帰ることが出来ました。

私達の家にようこそ、我が子!

用意していたベビーベッドに寝かせた子は本当に小さかったです。2日前にお腹にいた子が目の前でベッドに寝ている…なんだか不思議な気持ちになりました。

そして陣痛が始まってから慌しく病院に行った為に散らかり放題になっていた部屋を見て、この数日で起こったことは一生忘れないだろうと思ったのでした。

まとめ:無痛分娩は良かったです

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自分のための記録としても書いているのでかなり長くて細かい内容まで書いてありますが、少しでも誰かの参考になれば良いなと思います。

成長記録も書いてます。

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まちえふ

海外在住歴8年。30代。移動生活2年目(現在はNZ在住)。
国際結婚組。一児の母(娘2歳)。
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